指標を選ぶ前に、時間の区切り方を決める

KPIの議論は、たいてい「どの指標を見るか」から始まります。しかし拠点間や設備間で数字が比較できなくなる原因は、指標の選択ではなく時間の区切り方の不一致です。

たとえば「稼働率」は、分母を何に取るかで値がまったく変わります。

  • 分母=暦時間(24時間×日数)
  • 分母=就業時間(シフト時間の合計)
  • 分母=計画休止を除いた時間(休憩・計画保全・段取り計画分を差し引いた時間)

同じ設備の同じ月の実績でも、この3つで稼働率は容易に20ポイント以上ずれます。KPIの定義書に「分母は計画稼働時間」とだけ書いてあり、計画稼働時間の定義が書かれていない状態が、現場でもっとも多い不整合です。

ISO 22400(Automation systems and integration — Key performance indicators for manufacturing operations management)が最初に定めているのは、この時間の区切り方です。Part 1:2014(Overview, concepts and terminology、2014年10月発行)が概念と用語を、Part 2:2014(Definitions and descriptions、2014年1月発行)が個々のKPIの定義を担当します。

計画操業時間から実生産時間までの時間の分解を示した図 計画操業時間(POT:シフトとして操業を計画した時間) 計画稼働時間(PBT:計画休止を除いた時間) 計画休止 休憩・計画保全 実生産時間(APT) 段取り 停止・遅延 ISO 22400の可用性(availability)= 実生産時間 ÷ 計画稼働時間 ── 分母は計画休止を含まない 「稼働率」という語を使う前に、自社の分母がこの図のどの帯なのかを一度そろえる
ISO 22400が置く時間モデルの考え方(簡略化して示したもの)。KPIの分母をどこに取るかで、同じ実績が別の数字になる。

ISO 22400が定義しているのは、KPIそのものより「KPIの書式」

ISO 22400-2 の実務的な価値は、KPIの一覧ではなくKPIを定義するためのテンプレートにあります。規格は各KPIについて、名称と識別子、説明、対象範囲、算出式、単位、値の範囲、望ましいトレンドの向き、時間的な挙動、想定する利用者、適用できる生産方式といった項目を、ひとつずつ埋める形で記述しています。

この書式をそのまま自社のKPI定義書に採用するのが、もっとも費用対効果の高い使い方です。とくに次の3項目は、社内定義書ではほぼ抜けています。

  • 対象範囲(scope):どの工程・どの設備・どの製品群に適用するのか。ライン全体か、ボトルネック設備か
  • 想定する利用者(audience):この数字を見て行動するのは誰か。オペレーターか、班長か、工場長か
  • 時間的な挙動:どの周期で更新され、どの周期で意思決定に使われるのか

利用者が定義されていないKPIは、必ず「見ているだけの数字」になります。KPIの棚卸しをするときは、この1項目を埋めるだけで半分近くが落ちます。

なお、OEE(設備総合効率)についてISO 22400-2は 可用性 × 効率性(effectiveness)× 品質率 という構成を定めています。日本の現場で広く使われるOEEの定義とは、可用性の分母の取り方や効率性の基準時間の置き方が異なる場合があります。国内定義と規格定義のずれ、およびOEEを改善指標として使う際の限界はOEEの算出ロジックの記事で扱います。

運用するKPIは12個以内に絞る

規格が定義するKPIをすべて実装する必要はありません。実務では、意思決定の階層ごとに3〜4個、合計12個以内が上限です。それを超えると、どの数字が悪いときに誰が何をするのかが決まらなくなります。

階層更新周期見るKPIの例悪化したときの行動
オペレーターリアルタイム〜シフト良品数の計画比、直行率、直近の停止時間その場で応援要請・設備停止・段取り前倒し
班長・製造課日次可用性、段取り時間比率、不良率の上位要因翌日の人員配置、段取り順序の変更、保全依頼
工場長・生産管理週次〜月次OEE、納期遵守率、仕掛滞留日数設備投資判断、要員計画、受注引当ルールの見直し
品質保証日次〜月次直行率、手直し率、逸脱件数と是正の完了率工程能力の再評価、標準の改訂、CAPAの起票

この表で重要なのは右端の列です。行動が書けないKPIは、その階層では採用しない。KPIの数を減らす議論はほぼ常に紛糾しますが、「悪化したとき誰が何をするか」を1文で書かせると、ほとんどの候補が自然に脱落します。

KPIが機能しなくなる3つの原因

導入直後は機能していたKPIが、1年後に誰も見なくなる。この現象には決まった原因が3つあります。

1. データの入力元が人になっている。 停止理由や不良区分を人が手入力している場合、忙しい時間帯ほど入力精度が落ちます。結果としてKPIは「暇な時間帯だけ正確な数字」になり、現場の実感と乖離します。停止と不良の記録は、可能な範囲で設備・測定器からの自動取得に寄せてください(ダウンタイムの記事)。

2. 分母の定義が更新されていない。 シフト構成、計画保全のルール、休憩時間が変わったのに、KPIの分母がそのままになっているケースです。分母を構成するマスタ(カレンダー、シフト、計画停止)の変更手順を、KPI定義書とセットで管理してください。

3. KPIが評価に直結している。 KPIが個人や班の評価に直結すると、数字を良くする最短経路が「実態の改善」ではなく「記録の調整」になります。停止時間を短く記録する、不良を後工程に回す、といった行動は、KPIそのものではなく設計の問題です。改善のためのKPIと、評価のための指標は分けて運用してください。

拠点間で比較したいなら、KPIの前にコード体系をそろえる

複数拠点のKPIを比較したいという要望は必ず出ますが、実際に比較を成立させるのはKPIの定義ではなく、その手前にあるコード体系です。具体的には、停止理由コード、不良コード、工程コード、設備区分の4つです。この4つが拠点ごとに違えば、KPIの計算式をそろえても内訳が比較できず、改善の議論には使えません。

コード体系の設計は後から変えることが難しく、変更するとその時点で過去データとの連続性が切れます。着手順としては、コード体系 → 時間モデル → KPI定義 → ダッシュボードが正しい順序です。逆に、ダッシュボードの画面設計から入ったプロジェクトは、ほぼ確実にこの順序を後から作り直すことになります。不良コードの設計は不良コード体系の記事、KPIを分析に使う段階の設計は実績分析の記事で扱います。

機器側からの標準準拠にも動きがあります。工作機械向けのOPC UAコンパニオン仕様である umati / OPC 40501 は、ISO 22400準拠のKPI算出に対応しており、仕様は無償公開されています。設備側がISO 22400の時間モデルに沿った情報を出せる場合、MES側で時間を組み立て直す必要が減ります。

よくある質問

ISO 22400は購入しないと使えませんか?

規格本文(Part 1・Part 2)はISOから有償で提供されています。ただし実務で最初に必要なのは、規格本文そのものよりも「時間モデルをそろえる」「KPI定義テンプレートの項目を埋める」という2つの作業です。この2つは規格の考え方を理解していれば着手できます。複数拠点で比較する、あるいは顧客・監査対応で規格準拠を説明する必要がある場合は、Part 2を入手して算出式と用語を正としてください。規格の中身はISO 22400の解説記事で扱います。

KPIはMESで持つべきですか、BIツールで持つべきですか?

「値の計算」はMES側、「見せ方と横断分析」はBI側に置くのが基本です。理由は、KPIの分母を構成する時間モデル(シフト、計画停止、段取り区分)がMESのマスタに存在するためです。BI側で分母を組み立て直すと、MESの画面とダッシュボードで数字が食い違い、必ず「どちらが正しいのか」という問い合わせが発生します。MESが確定したKPI値とその内訳をBIへ渡し、BIは集計軸と可視化に専念する構成にしてください。

設備が古く、停止時間を自動で取れません。KPIは諦めるべきですか?

諦める必要はありませんが、取れる粒度に合わせてKPIを選び直してください。停止の開始・終了が自動で取れない場合、可用性を分単位で語るのは無理があります。代わりに、シフト単位の良品数と計画数の比、直行率、段取り回数といった、カウントベースで成立する指標から始めます。信号灯やパルス信号だけでも稼働・非稼働の判定はできることが多く、後付けセンサーで停止の開始時刻だけ取得する方法もあります。取得できる粒度に合わせてKPIを段階的に増やしていくのが現実的な進め方です。