機能の有無を確かめるPoCには、意味がない

MESのPoC計画書を見せていただくと、検証項目に「実績登録機能の確認」「トレーサビリティ機能の確認」といった項目が並んでいることがよくあります。これらは、製品カタログとデモで確認できることです。PoCという形で3か月かける必要はありません。

PoCで確かめるべきは、製品の機能ではなく、自社の現場と製品の組み合わせが成立するかです。カタログには書かれておらず、デモでも見えず、契約後に判明すると取り返しがつかない領域は、経験上3つに絞られます。

  1. 現場での入力が、実際の作業テンポで回るか
  2. 自社の設備から、必要な粒度でデータが取れるか
  3. 例外が起きたときに、現場が自力で復帰できるか

この3つは、どれも実機と実際の作業者がいなければ検証できません。逆に言えば、この3つを検証しないPoCは、会議室でのデモと変わりません。

PoCで検証すべき3項目

1.現場での入力が作業テンポで回るか

MESが現場に受け入れられるかどうかは、1回の操作にかかる秒数で決まります。検証は次のように設計します。

  • 実際の作業者に、実際の作業服・手袋・照明条件で操作してもらう。 情報システム部門の担当者が試して「問題なし」と判断したPoCは、ほぼ例外なく稼働後に覆ります
  • 1サイクルの作業時間に対する、入力操作時間の比率を測る。 作業時間3分の工程で入力に30秒かかるなら、生産性が16%落ちる計算になります。この数字を許容できるかを経営判断として確認します
  • 交替勤務の全直で試す。 夜勤帯は照明も要員構成も違います。日勤だけで検証したPoCは、条件の半分しか見ていません
  • 入力ミスからの復帰を含める。 誤って読み取ったとき、何タップで戻れるか。ここが5タップ以上なら、現場は入力を後回しにし始めます

この項目の合否は感想ではなく、操作時間の実測値と、作業者からの定量評価で判定してください。判定基準の例は後述します。関連する設計指針は現場端末のUI設計で扱っています。

2.設備から必要な粒度でデータが取れるか

カタログには「主要な産業プロトコルに対応」と書かれています。しかし実際の工場にある設備は、次のような状態です。

  • 制御盤が20年前のもので、通信ポートがない
  • 通信はできるが、メーカー独自仕様でドキュメントが残っていない
  • データは出るが、必要な項目(品番、良否判定)が出力に含まれていない
  • 出力はあるが、更新周期が10秒で、1サイクル2秒の工程の実績が拾えない

PoCでは、最も条件の悪い設備を1台選んで接続してください。新しい設備で接続できることを確認しても、判断材料になりません。検証すべきは「接続できるか」ではなく、「接続できない設備が何台あり、その対処にいくらかかるか」です。

対処の選択肢は、通信ユニットの後付け、外部センサーの追加、信号線からの接点取得、手入力での代替の4つです。PoCの成果物として、対象設備の一覧と、台ごとの対処方針・概算費用を出させてください。これが出れば、本番の見積精度が大きく上がります。詳細は設備接続の現実で扱います。

3.例外が起きたときに現場が自力で復帰できるか

正常系はどの製品でも動きます。差が出るのは例外系です。PoCのシナリオには、次の6つを必ず入れてください。

#例外シナリオ見るべきこと
1ネットワークが切れる何分間、作業を継続できるか。復旧時にデータは自動同期されるか
2端末が故障する別端末で作業を引き継げるか。作業中のデータは失われないか
3誤った実績を登録した訂正できるのは誰か。訂正の記録は残るか
4材料が途中で足りなくなった分割投入・途中中断をシステム上で表現できるか
5検査で不良判定が出た手直しして同じ工程へ戻す流れをたどれるか
6指定と違う設備で作った実績として記録できるか、それともエラーで止まるか

このうち1番は、最も軽視され、最も重大です。事務系システムなら復旧を待てますが、ラインは止められません。オフライン継続の可否は製品アーキテクチャに依存し、後から追加できる機能ではありません。PoCで実際にLANケーブルを抜いて確認してください。カタログの「オフライン対応」という記載だけで判断しないことをおすすめします。

3番も重要です。訂正機能がないと現場は正しいデータを入れられなくなり、訂正が無制限だとデータの信頼性がなくなります。訂正の権限と証跡の設計は、規制産業でなくとも顧客監査で問われます。

PoC計画書に必ず書く6要素と、合否の判定基準

PoCの契約書と計画書には、次の6要素を入れてください。抜けやすいのは5番と6番です。

  1. 検証項目と、それぞれの合否判定基準(数値)
  2. 対象範囲:ライン、工程、品目、期間、参加者
  3. 発注側が提供するもの:設備情報、マスタデータ、作業者の時間、ネットワーク
  4. ベンダーが提供するもの:ライセンス、技術者の稼働日数、環境
  5. PoCで作った環境・データの扱い:本番へ流用するのか、破棄するのか。知的財産の帰属
  6. PoCの結果が「不合格」だった場合の扱い:契約はどうなるか、費用はどうなるか

合否の判定基準は、次のような形で数値化します。曖昧な基準しか書けない項目は、そもそもPoCの対象から外したほうが健全です。

検証項目判定基準の例
現場入力1工程あたりの入力操作時間が15秒以内。作業者10名中8名が「継続可能」と回答
入力ミスからの復帰誤読み取りから正常状態へ戻る操作が3タップ以内
設備接続対象10台のうち、追加投資なしで接続できる台数と、追加費用の総額が確定していること
データ粒度1サイクルごとの良否判定が、取りこぼしなく取得できること(1直分の実測で欠損率0.1%以下)
オフライン継続通信断から30分間、作業継続と実績登録が可能。復旧後の自動同期で欠損なし
例外処理6シナリオすべてを、ベンダー技術者の介助なしに現場の参加者だけで完了できること

最後の行の「ベンダー技術者の介助なしに」は、必ず入れてください。技術者が横にいれば、たいていの例外は処理できます。本番稼働の夜勤帯に技術者はいません。

PoCをやらないほうがよい場合もある

すべてのケースでPoCが有効なわけではありません。次の条件に当てはまる場合、PoCの代わりに別の手段を選ぶほうが合理的です。

  • 既存設備が新しく、通信が確立している。 検証項目2のリスクが小さいため、PoCの価値の3分の1が失われます。この場合は、RFPで連携仕様を具体的に問い、回答の質で判断するほうが速く済みます
  • 同業種・同規模の導入実績が複数ある製品を候補にしている。 稼働中の現場を見学し、そこの担当者に例外処理の実情を聞くほうが、自社でのPoCより情報量が多い場合があります。ベンダーに導入先訪問を依頼してください
  • 予算と期間の制約で、PoCの結果にかかわらず候補製品を変えられない。 この場合のPoCは、実質的に設計の前倒しです。それ自体は有効ですが、「検証」と呼ばずに「先行設計フェーズ」として位置づけたほうが、目的と成果物が明確になります

逆に、PoCを必ず行うべきなのは、既存設備が10年以上前のものである場合、多品種少量で例外処理が多い場合、そして候補製品の国内導入実績が少ない場合です。この3つはいずれも、カタログと提案書から実態を読み取れない領域です。PoCの設計手順はMES PoC設計ガイドにまとめています。

よくある質問

PoCの費用はベンダーが無償で持つべきですか?

無償のPoCは、範囲と期間が限定され、ベンダー側の都合の良い条件で設計されがちです。有償にすると発注側が条件を指定できるようになり、上に挙げた「最も条件の悪い設備で試す」「介助なしで例外処理を行う」といった要求が通ります。金額の多寡より、PoCの設計権限がどちらにあるかが本質です。無償を選ぶ場合でも、検証項目と判定基準は発注側が書いてください。

PoCの期間はどれくらいが適切ですか?

6〜10週間が目安です。これより短いと、交替勤務の全直での検証や、1直分の実データ取得が入りません。逆に3か月を超えると、参加した作業者が習熟してしまい、「初めて触る人でも使えるか」という最も重要な観点が失われます。習熟前のデータを取るために、開始1週目の操作時間を必ず実測して記録しておいてください

PoCで作った環境をそのまま本番に使えますか?

使えることが多く、そこに罠があります。PoC環境はマスタの整備が簡略化され、権限設計や監査証跡が省かれ、テストデータが混在した状態です。この環境を本番へ昇格させると、省いた設計がそのまま残ります。原則として、PoCの成果物として引き継ぐのは設定内容と設計判断の記録であり、環境そのものではないと決めておいてください。これを契約書の5番目の要素として書いておくと、後の議論が不要になります。