数字で見る人材ギャップ──スキル要求は数年で書き換わった
MES人材の不足を直接測る国際統計は存在しませんが、周辺の調査から輪郭は描けます。
Rockwell Automationの「State of Smart Manufacturing」調査(2025年6月3日発表、第10回)では、AI活用スキルを「極めて重要」と回答した製造業が50%に達しました。同調査によれば、かつてこの回答は10%でした。数年でスキル要求の中身が書き換わったことになります。翌2026年版(2026年5月19日発表、17カ国1,560名)では、収集データを有効活用できている企業は43%にとどまり、スマート製造技術を実運用まで到達させた企業59%に対し、18%がパイロット段階に留まっています。
そして同社の2026年7月28日の調査が示した導入93%・全社展開28%・完全統合23%という数字は、技術の問題であると同時に人の問題です。MESを1工場に入れる人材は確保できても、全社に広げ、ERP・PLM・品質・OTと統合し続ける人材は桁違いに希少だからです。
MES人材の正体──ITでもOTでもなく、その交差点
「MES人材」が希少なのは、単一スキルの上級者ではなく、3領域の交差点に立てる人を指すからです。
ITエンジニアは工程と品質の言葉を知らず、設備保全のベテランはAPIとデータモデルを知らず、生産技術者はその両方を部分的にしか知りません。MESプロジェクトの実務は、この3者の翻訳作業に大半の時間が費やされます。翻訳者を採用市場で探しても、そもそも母数が小さい。これが「MES人材不足」の構造です。AIスキル要求の急上昇は、この交差点にさらに4つ目の輪を書き加えたことを意味します。
各国の対処法は3通りに分かれた
不足への対処は、国・地域ごとに性格が異なります。
欧米:市民開発者で交差点の人口を増やす。 ノーコードで現場がアプリを作るTulipは、2025年実績として43,000アプリの展開と60,000名の現場作業者を公表しています。専門のMESエンジニアを増やすのではなく、製造業務を知る現場人材にIT側のスキル閾値を下げて渡す、という解き方です。ベンダー各社が対話型AIをMESに載せる動きも、本質的には「専門人材でなくても使える」ようにする人材戦略の一部と読めます。
中国:育成を政策目標として数値化する。 8部門による「人工智能+制造」専項行動(2026年1月公布)は、2027年までに工業インテリジェントエージェント1,000個、ベンチマーク企業1,000社などの数値目標を掲げ、人材を含む「主体培育」を7大任務の一つに位置づけています。また、世界経済フォーラムの灯台工場2026年1月コホートでは、人材(Talent)カテゴリでAUO(蘇州)とSchneider Electric(武漢)が認定されており、人材育成そのものが工場の国際評価軸になっています。同フォーラムは「技術+人材+サステナビリティを組み合わせた拠点は、そうでない拠点を16%以上上回る」という知見も公表しています。
日本:SIerに外部化してきた構造が限界に近づく。 日本ではMESを作れる人材がユーザー企業ではなくSIer側に偏在し、ユーザー企業は「発注能力」だけを持つ分業が長く続いてきました(この偏在の指摘は推測を含みます)。この構造は受託開発が回っている間は機能しますが、人手不足対策としてのMESが必要になる局面──つまり今──では、発注先のエンジニア自体が採用難になり、外部化モデルの前提が崩れます。
採用できないなら、育てるか、敷居を下げるか
日本企業が取れる現実的な打ち手は2系統です。
第1に、社内育成。中途採用市場に「完成したMES人材」はほぼ流通していないため、社内の生産技術者・情シス担当者を交差点へ動かす方が確実です。育成の設計はMES技術者を社内で育てるで詳述していますが、要点は「プロジェクトの実地経験に、欠けている領域の学習を計画的に貼り付ける」ことです。ITから来た人には現場実習を、生産技術から来た人にはデータモデルとAPIの教育を、それぞれ意図的に与えます。
第2に、ツールでスキル閾値を下げる。ローコード/ノーコードMESは、専任エンジニアなしで改善を回す道を開きます。ただし敷居を下げることは統制を下げることと紙一重です。
よくある質問
MES人材の育成にはどれくらいの期間がかかりますか?
一律の統計はありませんが、実務上の目安として、隣接領域(生産技術・情シス・制御)の経験者が1つのMESプロジェクトを構想から安定稼働まで通しで経験すると、おおむね2〜3年で自走できる水準に達します(本誌の実務経験に基づく目安であり推測です)。重要なのは座学ではなくプロジェクト配属で、導入計画がない時期に育成だけ先行させるのは効率が悪い。導入・刷新のタイミングを育成の投資機会として使うべきです。
AIがMESを扱えるようになれば、人材不足は解消しませんか?
部分的には緩和されます。自然言語でのデータ照会や手順書生成は、専門人材でなくても使える方向への変化です。しかしRockwellの2026年調査が示すとおり、データを有効活用できている企業は43%にとどまり、AIが機能する前提のデータ整備・統合こそが人材を要する仕事です。少なくとも当面は、AIは「MES人材の仕事を減らす」より「MES人材が扱う範囲を広げる」方向に働くとみます(推測)。
- Ninety-five percent of manufacturers are investing in AI(Rockwell Automation、2025年6月3日)
- 90% of manufacturers say digital transformation is now essential(Rockwell Automation、2026年5月19日)
- 93% of manufacturers have MES, only 23% have fully integrated it(Quality Digest、2026年7月28日)
- Global Lighthouse Network recognizes 23 new sites(世界経済フォーラム、2026年1月15日)
- Tulip secures $120M Series D(Tulip、2026年1月13日)
- 8部門「人工智能+制造」専項行動実施意見(新華網、2026年1月13日)
