なぜ半導体だけ「CIM」と呼ぶのか

半導体工場では、工程実績の管理システムを「MES」ではなく「CIM」と呼ぶのが通例です。呼び名の違いは機能の違いを反映しています。ロット・ウェハ単位の追跡、SECS/GEMプロトコルによる装置自動連携、フルオート搬送(AMHS)との統合、レシピ管理、歩留まり解析(YMS)・装置データ解析(FDC)との接続といった要件は、組立加工向けの汎用MESでは代替できません。SEMI E5(SECS-II)やE10(装置稼働状態の定義)といった業界標準が仕様の共通言語になっている点も特徴です(SEMI標準と半導体MESの記事)。

もうひとつ、この領域の情報環境には重要な特徴があります。大手ファウンドリが自社工場で何を使っているかは、原則として開示されません。本記事も含め、公開情報から書けるのは「供給側に誰がいて、どの層を狙っているか」までです。ユーザー側の採用実態は、装置メーカーや材料メーカーとして取引する中で個別に知るしかない——それ自体がこの生態系の性格です。

生態系は4層に分かれる

半導体CIMの供給構造は、下から順に4つの層に整理できます。

半導体CIM生態系の4層構造の図。装置接続層、CIM/MES本体層、解析層、工場構築層に分かれる ④ 解析・最適化層(YMS/FDC/APC/SPC) 歩留まり解析・装置データ解析。PDF Solutions Exensio、camLine SPACE など ③ CIM/MES本体層 Applied SmartFactory・Critical Manufacturing・camLine・上揚軟件 myCIM・賽美特 ② 装置接続層(EAP/SECS/GEM ミドルウェア) Cimetrix(PDF Solutions)CIMConnect / CIM300 など。SEMI標準が共通言語 ① 工場構築・装置・ユーティリティ層 帆宣系統科技(ファブ建設)、装置メーカー各社、クリーンルーム・搬送
半導体CIM生態系の4層構造。層ごとに主要プレイヤーの顔ぶれが異なる。

①工場構築層では、台湾の帆宣系統科技(Marketech International)が象徴的です。半導体ファブの設備調達・クリーンルーム・ユーティリティ構築を主業とし、そこからスマート製造・システム統合へ事業を広げた台湾証券取引所上場企業(6196)で、「工場を物理的に建てる側から情報システムに入る」系譜を代表します。

②装置接続層は米国のCimetrix(PDF Solutions傘下)が代表格です。SECS/GEM接続を実装するCIMConnect、300mmファブ向けのCIM300などを持ち、SEMI委員会に参加して標準策定側に立っています。装置ベンダー側で採用されることが多いため、日本の装置メーカーにとっては自社製品を顧客ファブにつなぐ際の前提となる存在です。

③CIM/MES本体層には、半導体製造装置最大手Applied MaterialsのApplied SmartFactory(FACTORYworks/300works等の製品群)、ASMPT傘下でUnified NamespaceをMES製品自体に実装したCritical Manufacturing、SEMI E5・E10やKLArfに対応するドイツのcamLine(LineWorks Suite)が並びます。camLineは2025年12月2日にElisa IndustrIQの事業部門としてブランドを刷新しており、窓口の変化に注意が必要です。

④解析層は歩留まり解析・装置データ解析の領域で、PDF SolutionsがCimetrix買収(2020年11月)により接続層と解析層を同一資本で持つ構造を作っています。

台湾ローカル勢と中国勢──同じ生態系の中の競争

台湾側のローカルプレイヤーは、本体層よりも周辺の得意領域から生態系に参加しています。半導体・電子産業のシステム統合を出自とする東捷資訊(ITTS)、検査・測定装置大手として自社テスト装置と一体のMESを持つ致茂電子(Chroma ATE)がその典型です。またWEFの灯台工場(Global Lighthouse Network)2026年1月選定ではパネル大手AUOの蘇州拠点がTalent部門で認定されており、台湾系製造業のスマート工場実装力が第三者評価の対象になっていることも確認できます(WEF、2026年1月15日発表)。

一方、中国大陸では半導体国産化政策を追い風に、上海の上揚軟件(myCIM)が中国・台湾・米国等で150社超の顧客を持つと自社公表し、北京の賽美特がM&AでMES・APC・EAPを集約して5.4億元規模の資金調達を業界メディアで報じられるなど、CIM国産化の二極が形成されつつあります。TCL系の格创东智もパネル・半導体CIMを主戦場としています。台湾の生態系と中国の国産化勢は、東南アジアや中国内の新設ファブで直接競合する関係にあります(中国MESベンダーの記事)。

よくある質問

TSMCなど大手ファウンドリはどのCIMを使っているのですか?

公開情報からは確認できません。大手ファウンドリのCIMは内製・非公開が基本で、ベンダー側の導入事例にも実名はほぼ登場しません。本記事が供給側の構造整理に徹しているのはそのためです。ユーザー側の実態は、装置搬入時のホスト接続仕様など、取引の中で部分的に見えるに留まります。

日本には半導体CIMの専業ベンダーはいないのですか?

汎用MESを半導体向けに構成する例や、装置メーカー・SIerによる個別構築はありますが、上揚軟件や賽美特のような「半導体CIM専業で外販する独立ベンダー」の層は日本では薄いのが実情です。日本国内の新設ファブ案件では、外資CIM製品+大手SIerの組み合わせが現実的な選択肢になります。この供給構造の差は、日本のMES市場が個別受託中心であることと同根です。

日本の読者にとっての意味──「使う側」ではなく「つながる側」

日本の読者の大半にとって、半導体CIMは「自社が導入するシステム」ではなく「自社の製品・装置・材料がつながる相手」です。装置メーカーであれば、SECS/GEM・EDA対応の実装品質が顧客ファブへの搬入条件そのものになります。材料・部材メーカーであれば、顧客のCIMが要求するロット情報・品質データの粒度が、自社工場のトレーサビリティ設計への逆流圧力になります。つまり台湾のCIM生態系は、日本企業の工場側MES要件を静かに規定している存在です。自社が半導体サプライチェーンのどこかに関わるなら、この生態系の地図は「他人の話」ではありません。