リショアリングの実勢──誇張と実体を数字で切り分ける
まず規模感を確定させます。リショアリング推進団体Reshoring Initiativeの2024年年次報告(2025年6月9日公表)によれば、2024年に米国でリショアリングと対米直接投資(FDI)により発表された製造業雇用は約24.4万人分でした。2010年以降の累計では200万人分超が発表され、170万人分が実現しています。業種はコンピュータ・電子機器、電気機器(EV電池・太陽光を含む)、輸送機器が中心で、高・中高技術産業が2024年発表分の88%を占めます。
同報告は同時に、2025年第1四半期には雇用発表が年率17.4万人分ペースへ減速したこと、要因構成が変化し「関税」への言及が急増する一方で「政府インセンティブ」への言及が減少したことも記録しています。つまりリショアリングは実在するが、一本調子の拡大ではなく、政策環境に敏感に振れる流れです。半導体に限れば、米半導体工業会(SIA)の集計(2026年8月18日時点)でCHIPS法発表以降の民間投資は8,208億ドル超・160超プロジェクト・30州に達しており、こちらは既に着工・稼働段階に入った投資が積み上がっています。
MES市場の地域別データもこれと整合します。Grand View Research(2026年6月)は2025年の北米シェアを37.3%で世界最大とし、Mordor Intelligence(2026年8月)も36.74%と近い数字を出しています(調査会社間で市場定義が異なる点はMES市場規模の記事で扱ったとおりです)。
回帰した工場には「経験者がいない」──これがMES要件の出発点
リショアリングの現場が直面する最大の制約は、設備でも資金でもなく人です。数十年にわたり製造拠点が海外へ出ていた土地では、工程を身体で知る中堅作業者・監督者の層が細っています。Rockwell Automationが2026年7月28日に公表した調査(17カ国1,560名)でも、MES導入率93%に対し全社統合は23%に留まり、収集データを有効活用できていないとの回答が43%を占めました。人手も経験も薄い工場で、システムだけが先に入っている——これが米国製造業の平均像です。
この条件は、新工場のMESに従来と異なる優先順位を要求します。第一に、未経験者を前提とした作業指示。熟練者の記憶に頼れないため、電子作業手順書・スキル管理・教育記録がMESの周辺機能ではなく中核要件になります。米国でL2LやRedzoneのようなコネクテッドワーカー製品が急伸している背景はここにあり、この市場はコネクテッドワーカー市場の記事で詳述しています。第二に、少人数運用を前提とした自動化との統合。人が採れない前提でラインが設計されるため、MESは設備・搬送との連携密度を最初から要求されます。第三に、立ち上げ速度。補助金・関税環境が動く中では、稼働開始日が投資回収を直接左右します。数年がかりの大規模MES構築より、段階導入できる構成が選ばれやすくなります(MESのスモールスタートの記事)。
グリーンフィールドMESの設計論──「移植」ではなく「新種」
リショアリング案件のMESで最も誤りやすいのは、既存工場のシステムをそのまま「移植」しようとすることです。閉鎖した海外工場や国内の母工場の仕組みは、その工場の人員構成・熟練度・サプライチェーンに最適化されています。経験者のいない新工場に移植すると、暗黙知で埋められていた部分がすべて欠落として現れます。
日本企業にとっての意味──対米投資の当事者として
この話は対岸の火事ではありません。日本企業は対米直接投資の主要プレイヤーであり、リショアリングの統計にはFDI、つまり日本企業の米国新工場も含まれています。米国拠点を新増設する日本企業は、上で述べた「経験者がいない工場」問題の当事者になります。
実務上の論点は3つあります。第一に、日本の母工場方式が通用しないこと。日本の工場は熟練者と改善文化を前提に組まれており、その前提ごと米国へ持ち込むことはできません。第二に、MES選定の力学が異なること。米国では現場スタッフがシステムに合わせるのではなく、採用可能な人材レベルにシステムを合わせる発想が強く、UIの平易さと教育機能が選定基準の上位に来ます。第三に、ベンダー環境の違い。米国はコネクテッドワーカー、クラウドMES、IgnitionとSepasoftのような基盤型まで選択肢が厚く、日本本社標準の製品が現地では相対的に高コスト・高難度に見える場合があります。本社標準と現地最適のどちらを取るかは、グローバルテンプレート方式の記事の判断枠組みで整理できます。
なお、「リショアリングでMES需要が何億ドル増える」といった直接の因果を示す統計は確認できませんでした。本記事の「工場回帰がMES要件を変える」という分析は、上掲の雇用・投資・調査データと製品市場の動きを結び付けた推論であり、その旨を明記しておきます。
よくある質問
リショアリングは実際どこまで本物なのですか?
2010年以降の累計で発表200万人分・実現170万人分(Reshoring Initiative、2025年6月)という数字は、統計的な実体があることを示します。一方で2025年第1四半期には減速も観測されており、四半期単位では政策環境に大きく振れます。「巨大な流れとして実在するが、直線的ではない」が公開データから言える正確な評価です。なお同団体はリショアリング推進を目的とする組織であり、数字の定義(発表ベースと実現ベースの差)を確認して使う必要があります。
米国拠点のMESは現地調達と日本本社標準のどちらが良いですか?
一般解はありませんが、判断軸は明確です。米国拠点が複数あり将来も増えるなら、北米で保守体制の厚い製品を軸にした地域標準を作る価値があります。単独拠点なら、現地SIerが日常保守を担える製品を選ぶことが稼働後の安定に直結します。日本本社標準を持ち込む場合は、米国時間帯での一次サポート窓口と英語ドキュメントの完備を契約前に確認してください。この確認を怠った結果、障害対応がすべて日本経由になり現地が疲弊する例は珍しくありません。
- Reshoring Initiative 2024 Annual Report(Reshoring Initiative、2025年6月9日)
- Semiconductor Supply Chain Investments(米半導体工業会SIA、2026年8月18日時点)
- 93% of Manufacturers Have MES, Only 23% Have Fully Integrated It(Quality Digest、2026年7月28日)
- Manufacturing Execution Systems Market Report(Grand View Research、2026年6月)
- Manufacturing Execution Systems Market(Mordor Intelligence、2026年8月)
