GMP規制として初の「AI専用付属書」

2025年7月7日、欧州委員会はEU GMPガイドラインの改訂パッケージをパブリックコメント用に公開しました(意見提出期限:2025年10月7日)。Annex 11(コンピュータ化システム)の5ページから19ページへの拡充と同時に、AIを専門に扱う新設のAnnex 22が含まれています。全体は11章構成で、意図された使用(intended use)、受入基準、テストデータの独立性、テスト実行、説明可能性(explainability)、信頼度(confidence)、運用要件を扱います。

FDAとEUの規制が逆方向に動いているという構図はFDAは緩め、EUは締める──GxP MES規制の非対称で扱いました。本稿はその「EU・AI側」の深掘りです。

まず前提として重要なのは適用範囲の切り方です。ドラフトは、品質・患者安全に影響するクリティカルな用途に使えるAIを、決定論的に動作する静的モデル(同じ入力に同じ出力を返し、運用中に自己変化しないモデル)に限定する立場を取っています。運用中に学習し続ける動的モデルや、生成AI・大規模言語モデルをクリティカルな用途にそのまま充てることは想定されていません。MESベンダーが「生成AIアシスタント」を売りにしていても、それがGMPのクリティカル工程の判定に使えるかどうかは別問題だということです。

AI機能がクリティカル用途か、モデルが静的か動的かで要求が分岐する MESに載るAI機能 品質・患者安全に影響する クリティカル用途(例:合否判定) 非クリティカル用途 例:照会・分析の補助 静的(決定論的)モデルに限定 intended use・独立テスト・説明可能性を要求 動的・生成AIも利用余地あり ただし人間の確認などの統制が前提
Annex 22ドラフトが描く適用判断の分岐(筆者による整理)

intended use・受入基準・テストデータの独立性

Annex 22の中核は、AI機能を「デモの印象」ではなく文書化された仕様として扱わせることにあります。

  • intended use(意図された使用)の明文化:そのAIが「何を」「どの工程で」「どの判断のために」使われるかを文書化します。「外観検査AI」という粒度では足りず、対象品目・欠陥分類・運用上の役割(自動判定か、人間の判定支援か)まで特定する必要があります
  • 受入基準の事前定義:モデルが満たすべき性能を、intended useに対応する指標(例:欠陥分類ごとの検出性能)として事前に定めます。「精度99%」のような単一指標の宣伝値では、見逃し(偽陰性)と過検出(偽陽性)のどちらのリスクを許容しているのかが判定できません
  • テストデータの独立性:受入テストに使うデータは、モデルの学習に使ったデータから独立していることを担保し、その来歴を説明できる必要があります。ベンダーのデモが「学習データと同じ条件の画像」で行われていれば、その性能値は受入の根拠になりません

この3点は、そのままMES調達時のRFP項目に転用できます。AI外観検査の実装側の論点はAI外観検査のMES統合で扱っています。

説明可能性と信頼度──「なぜその判定か」を説明する義務

Annex 22が日本の実務者にとって最も馴染みが薄いのは、説明可能性(explainability)信頼度(confidence)の章です。

説明可能性は、AIの判定結果について「モデルが入力のどの特徴に基づいて判定したか」を人間が確認できることを求める方向の要求です。ディープラーニングの外観検査であれば、判定根拠の可視化(どの領域を欠陥と見たかのヒートマップ表示など)が実装レベルの回答になります。ブラックボックスのまま「合否だけ返す」APIは、クリティカル用途では説明責任を果たせません。

信頼度は、モデルの出力にどの程度の確からしさが伴うかを定量的に扱う要求です。実務上は、信頼度が閾値を下回る判定を人間のレビューに回すという運用設計(human-in-the-loop)とセットになります。つまりMES側には、AIの判定結果だけでなく信頼度スコアを受け取り、閾値で処理を分岐させ、人間の確認履歴を監査証跡に残すという統合設計が求められます。AIエンジン単体の性能の話ではなく、MESのワークフロー設計の話です。

運用フェーズ──導入して終わりにならない

ドラフトは運用中の要求として、性能の継続的モニタリングと、モデル・データの変更管理を求める構成になっています。現場条件の変化(照明、原材料ロット、金型摩耗)でモデル性能が劣化する「ドリフト」への対応は、方法論としてはISPE GAMP Guide: Artificial Intelligence(2025年7月、290ページ)が具体化しており、Annex 22が「何を」、GAMPガイドが「どうやって」を分担する関係です。この分担はGAMP 5第2版とISPE AI Guideの関係で詳述しています。

なお、Annex 22はGMP(医薬品の製造品質)の枠組みであり、製品安全規制であるEU AI Actとは別の法体系です。機械や医療機器に組み込まれるAIはAI ActのAnnex I高リスクに該当しうるため、GMP対象企業は両方への対応が必要になる場合があります。AI Act側の期限はEU AI Actの高リスク義務延期を参照してください。

よくある質問

Annex 22はいつから適用されますか?

本稿執筆時点(2026年8月)でAnnex 22はドラフト段階であり、パブリックコメント(2025年10月7日締切)を経た最終化と発効日の確定はこれからです。ただし、intended useの明文化やテストデータの独立性といった要求は、GAMP 5第2版のAppendix D11やISPE AI Guideが既に示してきた方向と一致しており、最終版で方向が反転する可能性は低いと考えられます。今からAI機能を調達するなら、ドラフト要求を満たせる製品を選んでおくのが合理的です。

すでに稼働中のAI外観検査はどうなりますか?

最終版の経過措置次第ですが、少なくとも「intended useの文書がない」「受入テストの記録が学習データと分離されていない」状態は、EU査察で説明に窮する構成になります。稼働中のシステムについては、①用途と受入基準の後追い文書化、②独立データでの性能再確認、③信頼度に基づく人間レビューの運用追加、の順でギャップを埋めるのが現実的です。モデルを作り直す前に、文書と運用で埋まるギャップを先に特定してください。

生成AIをMESで使うことは禁止されるのですか?

禁止ではありません。ドラフトの立場は、品質・患者安全に直結するクリティカルな判定を、運用中に挙動が変わりうるモデルに委ねないというものです。作業手順の検索補助、レポートのドラフト生成、実績データの照会といった、人間が結果を確認してから使う用途は排除されていません。線引きの基準は「そのAIの誤りが、人間の確認を経ずに製品品質へ到達するか」です。MES側でこの線引きを設計できるかが、生成AI機能を規制産業で活かせるかの分かれ目になります。